ツールが定着しない現場には、ほぼ例外なく共通点があります。導入の順番が逆なのです。できる人から始めて、一番抵抗が大きい人を後回しにする。これを逆にするだけで、同じツールでも結果が変わります。弊社が順番を間違えて、3ヶ月を無駄にした話から書きます。
「入れたのに、誰も使っていない」
現場にツールを入れた会社で、半年後に起きていることはだいたい二つに分かれます。
一つは、紙とツールの二重運用です。入力はするけれど、紙の帳票も残っている。現場の手間は増えているのに、誰もやめる決断をしていない。
もう一つは、特定の人だけが使っている状態。若手は使う、ベテランは使わない。データが半分しか入らないので、集計もできない。結局、その若手が全員分を代わりに入力していたりします。
どちらも「ツールが悪かった」という話にされがちですが、そうではないことがほとんどです。同じツールでも、順番を変えると定着します。
弊社が3ヶ月を無駄にした話
現場写真の管理を、チャットアプリのアルバムからクラウドに移す案件がありました。
写真が個人のスマホとチャットに散らばっていて、後から探せない。完了報告書を作るときに毎回探し回っている。困りごととしては明確です。
弊社はまず、PCに慣れている若手に試してもらいました。すぐ使えるようになり、便利だと言ってくれた。手応えがあったので、全社に展開しました。説明会を一回やって、手順書を配った。
二週間後、写真はほとんど上がってきていませんでした。
理由を聞きに行くと、現場を仕切っているベテランの職長がこう言いました。「今までのやり方で困ってない」。
困っていたのは事務方でした。写真を探すのは事務の仕事だからです。撮る側の職長にとっては、アルバムに放り込むのも、クラウドに上げるのも、手間はほぼ同じ。むしろ新しい方が面倒です。
職長が動かないと、その班の若手も動きません。若手が一人だけクラウドに上げ続けても、全体は揃わない。結局そこから巻き戻して、職長と話し直すところから始めました。
最初から職長に聞いていれば、3ヶ月は短くできました。できる人から始めたのが間違いでした。
順番を逆にする
この失敗のあと、弊社が現場に入るときの順番を変えました。
1. 一番抵抗が大きい人の、一番面倒な業務を探す
「ITは苦手だけど、これだけはどうにかしてほしい」が必ず一つあります。
聞き方にコツがあって、「何か困っていることはありますか」では出てきません。この聞き方だと「特にないです」で終わります。
出てくるのは、「どの作業が一番面倒ですか」と聞いたときです。困りごとは自覚されていなくても、面倒は自覚されている。さきほどの職長の場合、面倒だったのは写真ではなく、月末にまとめて出す日報でした。
2. その人の手を一つだけ楽にする
全体最適は考えません。その人が毎日やっている転記や探し物を、一つだけ消す。
ここで欲張ると失敗します。「ついでにこれも」と機能を増やすと、覚えることが増えて最初の一歩が重くなる。最初に覚える操作は3つまでと決めておくと、だいたいうまくいきます。
3. その人に語ってもらう
導入した側が説明するより、同じ現場の人が「楽になった」と言う方が速い。
これは仕組みにできます。朝礼でも、チャットでも構いません。使っている人が一言話す場を、意図的に作る。外部の人間がいくら説明しても、この一言には勝てません。
4. それから広げる
ここで初めて全体の設計をします。この時点で、現場にはすでに「使ってみたら楽だった人」が一人いる状態です。
遅そうに見えて、こちらの方が早い。先に全社展開してから抵抗にぶつかると、巻き戻しに何ヶ月もかかります。弊社の3ヶ月が、まさにそれでした。
「使えない」の中身を見分ける
現場で「使えない」と言われるとき、中身はだいたい三つのどれかです。対応が全部違うので、見分けることが先です。
| 言われ方 | 実際の問題 | 対応 |
|---|---|---|
| 操作が分からない | 覚えることが多すぎる | 最初に覚える操作を3つに絞る |
| 入力が面倒 | 紙と二重になっている | 紙を止める日を決める |
| 前のやり方で困ってない | 本人に痛みがない | その人の痛みを探し直す |
三つ目が一番大事です。本人が困っていないものを変えようとすると、どんなに使いやすいツールでも定着しません。
逆に、本当に困っていることなら、多少使いにくくても人は覚えます。操作性の問題に見えるものの半分は、動機の問題です。
定着したかを、どう測るか
利用率やログイン数では測りません。「前のやり方が止まったか」で見ます。
紙の帳票が残っているうちは、定着ではなく二重運用です。二重の間は現場の手間が増えているので、この期間を短くすることが導入側の仕事になります。
一番効くのは、「いつ紙を止めるか」を先に決めてから入れることです。日付を決めずに始めると、二重運用が一年続きます。
止める日を決めると、それまでに解決しなければいけない問題が自然に洗い出されます。「この帳票だけは紙が要る」という話も、そこで出てくる。出てきてから対処すればいい。
一人目を選ぶときの三つの条件
「一番抵抗が大きい人から」と書きましたが、抵抗が大きければ誰でもいいわけではありません。一人目には条件があります。
一つ目。現場で発言力があること。その人が「これは楽だ」と言えば、周りが試してみる気になる。逆に言えば、発言力のない人を一人目にすると、成功しても広がりません。
二つ目。毎日繰り返している作業を持っていること。月に一回の作業を楽にしても、効果を実感するまでに数ヶ月かかります。毎日やっていることなら、翌週には差が分かります。
三つ目。その作業に本人が面倒を感じていること。ここは何度でも書きます。周りが「非効率だ」と思っているだけでは動きません。
三つとも揃う人がいないときは、二つ目と三つ目を優先します。発言力は後から作れますが、動機は作れないからです。
最初の2週間で何をするか
一人目が決まったら、最初の2週間の進め方も決まっています。ここを走り切れるかで、その後が変わります。
1日目から3日目。その人の隣で、実際の作業を見せてもらいます。説明を聞くのではなく、やっているところを見る。聞くと「だいたいこんな感じです」と要約されてしまい、本当に時間を食っている部分が見えません。
4日目から7日目。覚える操作を3つに絞って、その3つだけを一緒にやります。手順書は作りません。この時点で紙の手順書を渡すと、読まないまま「難しそう」で終わります。
2週目。本人が一人でやる期間です。ここでこちらは口を出しません。詰まったところを記録してもらい、週末にまとめて聞きます。詰まった場所が、そのまま他の人の詰まる場所になります。手順書を作るのは、このタイミングです。
2週間で一人が回るようになれば、その後は早い。逆に2週間で回らないなら、選んだ作業か、選んだ人か、どちらかを間違えています。無理に押さずに、選び直した方がいい。
広げるときに、一番やってはいけないこと
一人目が回り始めたら、次は横に広げます。ここで多いのが、全社説明会を開いてしまうことです。
説明会は効率が良さそうに見えます。一度で全員に伝わるからです。ただ、実際に起きるのは逆のことです。
説明会の場では、誰も質問しません。分からないと言うのが恥ずかしいからです。全員が黙って聞いて、終わった後に何も始まらない。そして「説明はした」という記録だけが残り、進んでいないことが見えなくなります。
弊社がやるのは、3人から5人ずつの小さい単位です。同じ班、同じ持ち場の人をまとめる。その場には一人目に入ってもらい、こちらは補足に回ります。
この形だと質問が出ます。「それ、うちの現場だとどうなるの」という具体的な質問が出る。その質問こそが、定着するかどうかの分かれ目です。
「紙をやめる日」の決め方
後半で「いつ紙を止めるか」を先に決めると書きました。決め方にもコツがあります。
まず、止める日は月初にします。月の途中で切り替えると、その月の集計が紙とデータに分かれて、両方を突き合わせる作業が発生します。
次に、止める日の2週間前に、予行演習の日を作ります。その日だけ紙を書かずにやってみる。ここで出てくる「これは紙がないと困る」が、本当に残すべきものです。事前に全部想像しようとしても出てきません。
最後に、止めた後の1ヶ月は、紙に戻せる状態にしておきます。「もう紙はない」と退路を断つやり方もありますが、現場の仕事が止まるリスクを負うことになります。戻せる状態にしておいても、実際に戻る現場はほとんどありません。楽な方には自然に流れます。
弊社がやっていること
弊社のデジタル人材教育は、研修室で操作を教えるところから始めません。現場に入って、誰の、どの作業が、実際に何分を食っているかを確かめるところからです。
その上で、一人目を誰にするかを一緒に決めます。ここを外すと、後の全部が無駄になるからです。
こういう会社には、向きません
先に書いておきます。
- 「まず全社に入れてから考えたい」場合。順番が逆なので、弊社のやり方とは合いません
- 導入の期限が先に決まっている場合。現場の合意より日程が優先されると、二重運用が固定化します
- 現場に入らせてもらえない場合。経営側だけの話でツールを決めると、今回書いた失敗をそのまま繰り返します
今日できること
今日できるのは、一つだけです。
一番ツールを嫌がっている人に「どの作業が一番面倒ですか」と聞いてください。「困っていることは」ではなく、「面倒なことは」です。
その答えが、導入の一手目になります。答えが出てこないなら、まだ入れる時期ではないかもしれません。
